俺の切り札、必殺ジョーカー! 


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− 俺の切り札、必殺ジョーカー! −

 嫌な夢を見た。それはそれは悪趣味な夢。
 暗闇に堕ちていた俺に、光の筋が絡まってくる。ぼんやりと意識が戻る。
 温かな女の肌から離れ、ベッドの脇、脱ぎ捨てたブーツの中を探った。普段ならあるソレがない。
「はいよ」
「ああ……勘違いかと期待したのに。もう次の奴か」
「お楽しみ後すぐで悪いな。行けるか?」
「行くしかないだろ。だりぃケド」
 差し出された白い手が、鈍く光るコインを見せる。表は悪魔、裏は髑髏。悪魔がやってきて、俺は骸になるってか。もしくは、表をいっても裏をいっても、ろくな目に遭わないとか? どう解釈しようと、不吉なことこの上ない。
 ベッドの下にそいつがいた。知らせにきたのか、単に隠れて盗み見ていたのか。からかうような口調は「悪い」と言う言葉に反していた。
 するりと抜け出たそいつを連れ、俺は彼女の部屋を出る。もう二度と戻らないだろう。だが、だからこそ、安らかな寝顔に幸せだけを祈った。
 次は俺みたいな馬鹿な男に声なんかかけるなよと、静かに十字を切る。

 俺達は待っていた。神様からの贈り物を。それが届くまでの間は、俺は無力な人間でしかない。
 逃げ回る。悔しさに叫びたくなっても、逃げ隠れする以外ない。可哀想だが、相棒も唸り声を呑んでいた。
 夜露に濡れた鉄階段の裏で、必死に息を殺していた。手にコインを握り、裏の髑髏が消える事を願う。今に見ていろと、俺の後を追ってきている奴らを心の底で罵る。
 そして、ついにその時がやってきた。耳の奥に遠雷が聞こえる。開放の喜びが背筋を駆け上がる。毎回思うがこれは快感だ。
「来たぜ。神サマからのプレゼントだ。有り難くその身で受けな」
 低く吐き捨て、階段裏から歩み出る。特別急ぐこともなく、むしろ余裕を見せるような歩き方で。鎖の擦れるじゃらじゃらという音が、しっとりと濡れた裏路地にこだまする。奴らの耳に届かないわけがない。
 黒い礼服姿の俺を、奴らは好奇心旺盛な目で不躾に見る。正装はだらしなく崩され、大きく開いた首周りに下がるいくつもの十字架が、喚くようにうるさく鳴く。どこか不快そうな顔をする奴もいるが気にしない。俺が奴らの敵である印でしかないんだ。
「やっと来たか稲妻! 早く消しちまえ!」
 俺に続いて真っ白な獣が飛び出す。巨大な狐のような、しかし、耳や牙が規格外の長さの動物。その尾は獅子に似て、手足の爪も猫科の猛獣のものだ。首にはドッグタグやら十字架やらが下がっている。随分嫌がられたが俺の趣味で黒皮の首輪も着けてある。
 四足で立った状態でも、奴の頭は俺の肩の高さにある。尾を振り回し獲物に狂喜する相棒。その白い背に手を乗せて、片手をキザに振り払う。
「もちろんだ。しくじるなよジョーカー。……啓示。汝が前に現れし闇の者、夜闇にあれど月光の裁きあり。汝が手に月の剣、汝が胸に聖なる十字。白き稲妻、神の御力を受け、闇の隷属退けよ」
 獣が吼えた。雲の合間を抜け、闇の帳を引き破り、天から白い稲妻が落ちてくる。俺の切り札は、始めこそ無力な雑魚札だ。だが、神の力を受けることが出来る。
 雷光を纏い、獣は毛を逆立てる。静電気に俺の黒髪が浮く。闇から生まれたごみ共が、奴の咆哮に反応して飛び掛ってくる。嘲笑うように鼻を鳴らしてやった。
「さぁ、悪魔狩りの時間だ」
 吊り上った口辺からの言葉が、相棒・白雷のジョーカーを闇に解き放つ。
 握っていた丸い金属片。裏の髑髏が、大口を開けて表の悪魔を呑んだ。コインが真っ二つに砕ける。
 ほら、今夜も俺達の勝ちだ。

 俺達は毎晩魔物に追われる。逃げ回り、隠れ、そして最後に奴らを消し去る。
 元不良神父と性格最悪の神獣。それぞれ仲間から弾かれた同士、今は神にこき使われるばかりの掃除屋をやっている。
 今日も明日も明後日も、俺達は世界にはびこる闇の住人を、聖なる雷で祓い続ける。

−終−


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